大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 平成3年(ワ)14190号 判決 1992年10月27日

原告 赤坂今日子

右訴訟代理人弁護士 大西英敏

被告 富士火災海上保険株式会社

右代表者代表取締役 葛原寛

被告 江頭征男

右両名訴訟代理人弁護士 江口保夫

同 江口美葆子

同 豊吉彬

同 牧元大介

主文

一、被告らは、原告に対し、各自金二一九万五〇〇〇円及びこれに対する平成三年一〇月二六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二、訴訟費用は、これを五分し、その一を原告の負担とし、その余を被告らの負担とする。

三、原告のその余の請求を棄却する。

四、この判決は第一項に限り仮に執行することができる。

事実

第一、当事者の求めた裁判

一、請求の趣旨

1. 被告らは、原告に対し、各自金二五二万四五〇〇円及びこれに対する平成三年一〇月二六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2. 訴訟費用は被告らの負担とする。

3. 仮執行宣言

二、被告らの請求の趣旨に対する答弁

1. 原告の請求をいずれも棄却する。

2. 訴訟費用は原告の負担とする。

第二、当事者の主張

一、請求原因

1. 自動車運転者賠償責任保険契約の締結

原告は、平成三年七月二二日被告富士火災海上保険株式会社(以下「被告会社」という。)の代理店である江頭保険事務所代表者被告江頭征男(以下「被告江頭」という。)を通じて被告会社と自動車運転者損害賠償責任保険(以下「ドライバー保険」という。)契約(以下「本件契約」という。)を締結した。本件契約内容は本件に関するものについては、次のとおりであった。

(一)  保険期間 平成三年七月二二日から平成四年四月二二日午後四時まで

(二)  対物賠償 一事故一〇〇〇万円

2. 本件事実経過

(一)  原告の姉由子(通称「柚子」、以下「由子」という。)は、平成三年七月二二日自分の自動車を購入したことから、由子が被告会社と締結していた本件契約と同じ内容の保険の更新手続きを取らず、その一方で妹である原告が由子の自動車を運転する場合に備えてドライバー保険に加入させたい旨被告江頭に話し、かつ原告も被告江頭に対して本件契約加入の意思を表明した。そして、同被告を通じ、右同日、原告と被告会社との間で本件契約が締結された。

(1) 被告江頭は、原告に対し、本件契約締結の際同居の親族の自動車を運転する場合にもドライバー保険が適用される旨説明した。

(2) 原告が本件契約を締結した目的は、原告が、姉の由子等の車を運転する場合に備えてのものであったことは前記のとおりであり、被告会社代理店の被告江頭も熟知していたにもかかわらず、被告江頭は、原告に対し、由子の自動車を運転していて事故を起こした場合には、ドライバー保険は適用にならない旨の説明をしなかった。

(二)  事故発生とその後の被告江頭の対応

原告は、平成三年八月七日由子の自動車を運転中折からの大雨のなかで深井俊美の自動車と衝突する事故(以下「本件事故」という。)を起こした。そのため被害者である深井俊美の車両は全損となり、由子の自動車もかなりの損傷を受けた。

原告は、同日被告江頭に対し、本件事故の報告をしたところ、同被告は、事故の状況を確認したうえで原告に対し「相手方の車とガードレールの代金についてはすべて保険がおりる。過失割合は、査定員を派遣して決定するが、相手との交渉は自分がすべて行うので、今日子さんは心配しないで私にまかせて事故は忘れなさい。」などと返事をした。

しかし、翌八日午前一〇時ころ被告江頭から電話があり、同人は由子に対し「実は、僕も今日子さんの事故をセンターに持って行ったところ言われたんだけど、同居の親族の車での事故ではドライバー保険は適用されなかったんだよ。私も知らなかったので、示談の方は私が責任をもって行います。」と話した。

(三)  被告会社との話し合い

その後、原告の方では、被告会社に対し、保険がおりないことによる原告の損害についてどう対処されるのかを尋ねたが、平成三年八月一四日の時点で、被告会社の多摩支店長山下啓二は、本件事故は保険の対象外である旨繰り返すだけで終始し、同席した被告江頭も「今後の示談交渉は降ります」と言って帰ってしまった。

3. 右2、(一)の(1)及び(2)は、保険募集の取締に関する法律(以下「募集取締法」という。)一六条一項一号違反である。

4. 原告の損害

(一)  原告は、やむなく原告代理人に被害者との示談交渉を依頼し、平成三年八月二二日、全額で金一〇五万円を支払うことで被害者と示談をし、翌二三日右金一〇五万円を支払った。

(二)  姉由子の自動車は本件事故で損傷し、修理代が金九四万五〇〇〇円かかった。原告は右金額を母佐和子から借りて、平成三年一〇月九日右修理代金を支払った。

(三)  被告江頭は、本件契約を締結するにあたり重大な過失をして誤った教示をしており、そのため原告は、無用な紛争に巻き込まれざるを得ず、その間の精神的被害を慰謝するものとしては少なく見積もっても金三〇万円は下回らない。

(四)  原告は、本件示談及び被告会社らに対する交渉並びに本件訴訟の提起について原告代理人に依頼した。その弁護士報酬としては経済的利益の一割である金二二万九五〇〇円が相当である。

(五)  以上のとおり、原告の損害は、総合計金二五二万四五〇〇円となる。

5. よって、原告は、本件契約の締結における被告江頭の誤った説明に起因する右損害について、被告会社に対しては募集取締法一一条一項、一六条一項一号に基づいて、被告江頭に対しては不法行為に基づいて連帯のうえ(民法七一九条一項類推)、請求の趣旨記載の金員の支払を求める。

二、被告らの請求原因に対する認否

1. 請求原因1の事実は認める。

2. 同2について

(一)  (一)のうち、平成三年七月二二日、原告の姉由子の紹介で、原告が被告江頭を通じて同日付けで本件契約を締結した事実は認め、その余は否認ないし争う。

(二)  (二)のうち、原告が本件事故を起こしたこと、平成三年八月七日に被告江頭が右事故の報告を原告より受けたこと及び翌八日被告江頭が同居の親族の車ではドライバー保険は適用されない旨を原告側に電話で伝えたことはいずれも認める。

(三)  (三)の事実のうち、被告会社が本件事故は保険の対象外であるとの対応であったことは認める。

(四)  本件事実経過は次のとおりである。

(1) 従前から、被告江頭を通じて被告会社とドライバー保険を締結していた由子が、平成三年七月二二日被告江頭に対して電話で、「自車を購入し、他社の自動車保険に入ったので、ドライバー保険については更新しない」との旨を伝えてくるとともに、「妹が免許を取ったばかりで、友達の車も乗るし、私の車にも乗る。だから、ドライバー保険を付けてあげてほしい」との申し入れをしてきたため、被告江頭は電話を原告に代わってもらい、支払方法、金額などについて説明し、更に、保険の内容は、借りた車についての賠償責任保険である等の説明をしたうえで本件契約が締結された。

(2) 被告江頭は、由子の締結していた自動車保険の内容等については、由子から知らされておらず、事故の報告を受けた時に、原告に対し「お姉さんの保険を使うのが原則だから、その対象になるね」と指摘したところ、はじめて由子の自動車保険が二一才未満不担保であることを知らされた。この時、被告江頭は同居の親族の所有する自動車はそもそもドライバー保険の範疇外であることを失念しており、この事故についてもドライバー保険を使わざるを得ないと判断し、原告に対して「相手方車両とガードレールについてはドライバー保険がでる。ただ過失割合について、もめることになると考えられるから、保険会社の査定員に任せなさい。」と説明した。

(3) 被告江頭は、同日被告会社に事故報告を行ったところ、本件は免責であるとの通知を受けて、同居の親族の所有する自動車についてはドライバー保険の範疇外であることに気づき、九月八日に原告の母親に電話をしてこの旨を伝えた。そして、「被告会社では示談の交渉もできなくなるので、私がやるしかないですね。」と伝えたところ、原告の母親から「お願いします」との依頼を受けたので、被告江頭は深井俊美側との示談交渉に着手した。

被告江頭は、深井俊美側と交渉し、示談案をほぼまとめあげ、原告側に対し、深井さんに連絡すれば、まとまりますが連絡しますか」と尋ねたところ、由子が「私がやります。」と言ったこと、さらに本件保険の支払について、被告会社が拒否したことから、原告側と被告会社が対立するような状態であれば、被告江頭としてもこのまま原告側にたって示談を続行することができなくなる旨伝えて原告側の了解のもと深井俊美側との示談交渉を降りたものである。

3. 同3の主張は争う。

4. 同4について

(一)  (一)及び(二)の事実は不知。

(二)  (三)の事実は否認し、主張は争う。

(三)  (四)のうち、原告代理人が原告から訴訟の提起等の依頼を受けたことは認め、その余の事実は不知。

(四)  (五)の事実は否認する。

第三、証拠<省略>

理由

一、請求原因1の事実は、当事者間に争いがない。

二、本件事実経過について

1. 平成三年七月二二日、原告の姉由子の紹介で原告が被告江頭を通じて同日付けで本件契約を締結したこと、原告が本件事故を起こしたこと、原告が平成三年八月七日被告江頭に本件事故の報告をしたこと、同月八日被告江頭が同居の親族の車ではドライバー保険は適用されない旨を原告側に電話で伝えたこと、被告会社が本件事故は保険の対象外であるとの対応であったことはいずれも当事者間に争いがない。

2. <証拠>、弁論の全趣旨並びに前記当事者間に争いのない事実を総合すれば次の事実が認められる。

(一)  原告は、平成三年二月自動車運転免許証を取得したが、保険についての知識は有していなかった。原告は、同年七月二二日にドライバー保険に加入していた姉由子から右ドライバー保険の存在を知らされ、その保険料が年間金四万ないし金五万円と安く自分で支払うことができること、由子の自動車の任意保険は二一歳未満不担保であり、原告が運転して事故を起こした場合には保険が適用されないことを知っていたこと、姉由子もドライバー保険に加入していたこと、ドライバー保険は自動車を持っていない人用の保険であると思ったことから、原告はドライバー保険に加入することにし、由子が被告江頭に電話した際、加入申込みをすることとした。

(二)  被告江頭は、被告会社の代理店として原告の姉由子との間でドライバー保険契約を締結したものであるが、右契約の更新日である平成三年八月二〇日の前である同年七月二二日、右由子から電話があり、同女から自分の自動車を買ったので自分のドライバー保険は必要なくなったと伝えられたので、被告江頭は同女が自動車保険をつけているか確認したところつけている旨の返事であった。

その際、同女から妹である原告が免許をとり友達の自動車や由子の自動車に乗るので原告にドライバー保険に加入させたい旨の申し入れがあったため、被告江頭は電話を原告に代わってもらいドライバー保険は借用車についての賠償責任保険であり、借用車が自動車保険に入っていればその保険が優先的に適用になる旨の説明をしたうえで本件契約を締結したが、同被告は、普通の任意の自動車保険との関係、ドライバー保険は同居の親族の所有する自動車には適用がないこと等については全く説明しなかった。

(三)  被告江頭は、本件事故が発生した平成三年八月七日原告方において原告の母から原告が右事故を起こした旨告げられ、同所にいた原告に事故の内容を確認した。

同被告は、原告に対し、事故の内容を確認し、姉由子の自動車で事故を起こしたのであれば、由子の自動車保険を先に使わなければいけない旨説明したところ、由子の右保険は年齢制限が付けてあり使えないと言われた。そこで、同被告は、原告が由子の自動車を運転していてもドライバー保険は適用されると思っていたため、本件事故についてはドライバー保険を適用せざるを得ない旨説明した。

また、被告江頭は、示談については被告会社の担当者に示談交渉をしてもらい、もめるようであれば被告江頭がアドバイスする旨説明した。

(四)  被告江頭は、同月八日被告会社から本件事故による原告のドライバー保険に基づく被告会社の責任は免責されるとの連絡を受けた。そこで被告江頭は、本件事故の状況は原告の方が悪いと分かっていたため、同被告が示談交渉をしなければいけないと思い、針ケ谷モータースに修理費用を問い合わせた後原告方に電話し、原告の母に保険は出ない旨説明し、示談交渉も被告会社でしないため、自分にやらせてもらいたいと申し出た。

そして、被告江頭は、同日の内に損害車両の見積、代車料を確認し、警察に本件事故の過失割合を問い合わせ、被害者の深井に対して保険が出ないこと等を説明し、無理をいわずに示談に応じるよう申し入れた。その結果、同月九日か一一日に右深井から金一〇〇万一〇〇〇円の要求があり、同額であれば示談するとの意向を示された。

被告江頭は、同月一一日か一二日、原告の母に右深井の意向を伝えた。

その後、被告江頭は、原告側から本件事故について本件契約で被告会社に責任がある旨の発言を受け、同月一四日原告方において、原告側と被告会社が対立するような状態であれば被告江頭としてはこのまま原告側にたって示談続行することができない旨伝え、原告側の了解のもと深井俊美との示談交渉を降りた。

(五)  原告は、その後大西弁護士を代理人として同月二二日被告江頭が進めた内容とほぼ同じ内容で金額については金一〇五万円支払うことで深井俊美と本件事故についての示談をした。

右認定に反する証人赤坂今日子及び原告本人の供述部分は採用しない。

3. <証拠>によれば、本件ドライバー保険の約款では次のように規定されている。

一条一項「当会社は、保険証券記載の被保険者(以下「記名被保険者」といいます。)が借用自動車の運転に起因して他人の生命または身体を害すること(以下「対人事故」といいます。)により、記名被保険者が法律上の損害賠償責任を負担することによって被る損害を、この賠償責任条項及び一般条項に従い、てん補します。」

同条二項「当会社は、<省略>前項の損害については、自動車損害賠償保障法に基づく責任保険または責任共済(以下「自賠責保険等」といいます。)によって支払われる金額がある場合には、損害の額が、自賠責保険等によって支払われる金額を超過するときにかぎり、その超過額のみをてん補します。」

二条「当会社は、記名被保険者が借用自動車の運転に起因して他人の財物を滅失、破損または汚損すること(以下「対物事故」といいます。)により、記名被保険者が法律上の損害賠償責任を負担することによって被る損害を、この賠償責任条項及び一般条項に従い、てん補します。」

三条「この約款でいう『借用自動車』とは、記名被保険者がその使用について正当な権利を有する者の承諾を得て使用または管理中の自動車<省略>であって、かつその用途及び車種が自家用普通乗用車、自家用小型乗用車<省略>であるものをいいます。ただし、記名被保険者、その配偶者または記名被保険者の同居の親族が所有する自動車<省略>を除きます。」

三、請求原因3について

前記のとおり同居の親族の自動車を借りた場合にはドライバー保険が適用にならないのであるが、右免責規定の存在は、ドライバー保険の適用範囲を著しく制限するものである。したがって、保険契約を締結するに際し、損害保険代理店は、保険契約者(となるべき保険申込者)に対して右事実を告知すべきであり、被告江頭が、原告に対し、本件契約を締結するに際し、同居の親族の自動車を運転する場合には、ドライバー保険は適用されない旨の説明をしなかったことは、募集取締法一六条一項一号の「保険契約の契約条項のうち重要な事項を告げない行為」に該当する。

右事実によれば、被告会社は、同法一一条により原告の損害を賠償する責任がある。

四、被告江頭の不法行為の成立の有無について

被告江頭征男本人尋問の結果によれば、被告江頭は、損害保険の代理店をするために国の行う資格試験に合格し、損害保険代理店をしているものであること、したがって、自動車損害賠償保障のことはよく知っていること、ドライバー保険の約款も知り得る立場にあることが認められる。

保険代理店が、保険契約者に対して損害保険契約を締結するに際し、保険契約の契約条項のうち募集取締法一六条一項一号の重要な事項を相手方に告げなかったために、保険契約者が右保険によって填補されると期待した損害が右保険によって填補されない結果となる場合においては、保険代理店は損害保険契約を締結するに際し、保険契約者に対して右重要事項を告知する義務があるというべきである。

前記二の事実によれば、被告江頭は、保険代理店として、原告に対して本件契約に際し、同居の親族の自動車を借りた場合にはドライバー保険が適用にならないという重要事項を告げていないのであり、前記重要事項を告知する義務に違反している。原告は、右被告江頭から前記重要事項を告知されなかったため、本件契約を締結したにもかかわらずドライバー保険により本件事故の損害の填補を受けることができなかったものである。

したがって、被告江頭には、原告の損害を賠償する責任がある。

五、請求原因4について

1. 原告はドライバー保険で填補されるべき損害が填補されなかったものであるから、ドライバー保険で填補されるべき損害が原告の損害というべきである。

2. <証拠>を総合すれば、原告は、原告代理人に依頼して平成三年八月二二日被害者と金一〇五万円を支払うことで示談をし、同月二三日右金一〇五万円を支払ったこと、原告の姉由子の自動車修理代金が九四万五〇〇〇円であり、原告は右金額を母から借りて同年一〇月九日由子に支払ったことが認められる。

3. 慰謝料について

前記二で認定した事実によれば、被告江頭は、本件事故による損害が、ドライバー保険によって填補されないことを知った後は、責任を感じ自ら被害者と示談交渉をするなどできるかぎりのことをしていると認められること、示談については同被告が被害者と交渉したと同じ内容で示談できている(原告側の対応により示談が遅れたためかえって金額が増えている。)ことを考慮すれば、本件において慰謝料の請求を認めるのは相当でない。

4. 原告(法定代理人)が本件訴訟の提起、追行を弁護士たる本件訴訟代理人に委任したことは当事者間に争いがないところ、本件における審理の経過、事案の性質、認容額等を総合すれば、弁護士費用は金二〇万円が相当である。

六、以上によれば、原告の本訴請求は、被告らに対し、連帯して金二一九万五〇〇〇円及びこれに対する平成三年一〇月二六日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は理由がないから棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条、九二条、九三条を、仮執行の宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 天野登喜治)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例